京焼・清水焼のある風景 – 02

“フランス会席”で出会う伝統の新たな表情

フランス会席 先斗町禊川 オーナーシェフ 井上 晃男

精巧な描詰や華やかな金彩が施された京焼・清水焼の器の数々。それらに美しく盛られるのは、伝統を重んじつつも変革を恐れない誇り高き料理人の作る、クラシックかつ新鮮なフランス料理だ。
先斗町禊川。京都の艶やかな夜を象徴する花街・先斗町にあるフランス料理の名店だ。オーナーシェフの井上晃男は、この道50年以上の大ベテラン。国内外の要人をはじめ数多くの人々を、熟練の腕と卓越したセンスで魅了してきた。
「私どもの店でお出ししているお料理は、一見斬新で真新しく見えるかもしれませんが、基本的にはクラシックベースのフランス料理です。それを日本の伝統的な会席料理のスタイルで提供しています。私どもはそれを“フランス会席”と呼んでいます。」
異なる2つの国の食文化を、互いの伝統を大切にしながら融合させ、新たな料理として蘇らせる。そして京焼・清水焼もまた、彼の手にかかれば新たな表情を見せる。



伝統的フレンチを日本の会席スタイルで
井上は、アジアで初めてのオリンピックが東京で開かれた1964年、日本フランス料理界最古の歴史を誇る東京曾舘に入社。当時パリの名店グランヴェフールのオーナーシェフだったレイモン・オリヴェ氏が導いたフランス料理を学び、世界各国の国賓の会食を手がけるなど豊富な経験を積んだ。そして1981年、先斗町にある築120年以上の町屋で先斗町禊川を開店した。
「当初は西洋風の店に建て替える計画もあったのですが、町並みのことも考え建物をそのまま活かして開店することにしました。それであらためてどのような店にするか考えた時、私の専門であるフランス料理を日本の伝統的な会席料理のスタイルでお出しすることを思いつきました。」
ここで言うスタイルとは、店の雰囲気が純和風であることや、使われている器が京焼・清水焼であるということだけではない。
「フレンチのコースに流れがあるように、会席にも独自の流れがあります。会席の持つ流れの上に、私たちの作るフランス料理をどう合わせていくか、バランスの妙をお客様にどう楽しんでいただくか。ただ当時はそのような店は他にありませんでしたから、模索しましたし、開店当初は苦労もしましたね。」



器に料理のアイデアを盛る
井上が言うように、フランス料理と会席料理の流れはまったくの別物だ。例えば、会席にはフレンチのように明確なメインディッシュはないし、デザートの前に食べるのは米と味噌汁だ。
「最初は会席の流れを空の器だけで再現することから始め、その上でそれぞれの器に自分たちのフランス料理をどのように盛っていけばいいかということを考えました。会席料理はさまざまな器を用いますが、それなりに相通ずるものもあります。例えば、お椀に対してスープ、箸休めに対してお口直し、コースの後のご飯にフロマージュ(チーズ)、そして水菓子に対してデザートと、とても良く似ている部分があり、それ自体がフランス会席を組み立てるアイディアの基礎になっているとも言えます。」
禊川で提供される料理はあくまでも王道のフランス料理だが、全体としてはまさしく会席料理の印象を受ける。
「もちろん、器と料理がうまく噛み合わない場合もあります。例えば、描詰の皿にソースを美しく見せる料理を盛ると、お互いの魅力が失われてしまいます。そのために窯元にお皿の中央の絵柄を抜いていただくように特注をすることもありますね。ひとつひとつ手作りで作られる清水焼だからこそできることです。」


伝統の新たな魅力に出会う
先斗町禊川で会席スタイルのフランス料理を味わうという体験は、単に美しく盛られた美味しい料理を食べる以上に特別なものだ。すでによく知られた伝統が、ここではとても新鮮なものに感じられる。京都の長い歴史が育んだ京焼・清水焼もまた、井上の腕にかかれば、新たな表情をみせる。
「清水焼にはさまざまな種類のものがありますが、その繊細さにおいては一様に卓越した良さを感じます。精細な絵付けが施されたものや非常に手間と時間が掛けられたものはもちろんですが、一方で計算された大胆さやアンバランスさなどにも深い繊細さが感じられます。
清水焼は伝統的な工芸品としてのイメージも強いかもしれませんが、それが私たちのフランス料理と出会うことで、新たな魅力を感じていただければ嬉しいですね。」


井上晃男
1947年、東京生まれ。1964年、日本のフランス料理界において最古たる歴史を有する東京曾舘へ入社。幅広く経験を重ね、1981年に先斗町禊川を開業。パリに本部を置くフランス料理アカデミーの会員をはじめ、多くの協会に所属。2004年には現代の名工、2006年にはフランス共和国より農事功労賞シュヴァリエ受賞。


先斗町 禊川
京都市中京区先斗町通り三条下ル東側
11:30~15:00(ラストオーダー 13:30)
17:30~22:30(ラストオーダー 20:30)
https://www.misogui.jp/